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大阪高等裁判所 平成6年(行コ)74号 判決

控訴人(被告) 奈良県知事

訴訟代理人 山元裕史 喜多剛久 川口泰司 福本由美子 ほか一一名

被控訴人(原告) 原田由美

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

事案の概要は、原判決一〇頁一行目の「主として」から二行目の「違反するか」までを「本件処分が適法であるか」と改め、控訴人及び被控訴人の各主張に次のとおり付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるからこれを引用する。

一  控訴人の主張

1  本件括弧書は、施行令一条の二第三号の一部にすぎず、同号は、全体として法四条一項五号による委任に基づき認知されない婚姻外の児童を保護対象者として児童扶養手当を支給する旨を定めた規定である。

そして、本件処分は、法四条一項所定の支給要件のいずれにも該当しなくなったためにされたものであるから適法である。

本件括弧書のみを無効とすることは、その実質において父から認知された婚姻外の児童を監護する母にも手当を支給すると言う別個の支給要件を定めた規定を創設するものである。しかし、裁判所が、自ら児童扶養手当の支給要件を創設し、その要件が存することを前提として、本件処分を取り消すことは政令制定権者の権限を侵すものであり、司法の限界を超え、許されない。

2  児童扶養手当を支給する保護対象者として父から認知された婚姻外の児童という類型を規定していない施行令一条の二は、次に述べるとおり憲法一四条一項に違反するものではない。

(一) 児童扶養手当は、憲法二五条の規定の趣旨を実現するために設けられた社会保障制度であるから、具体的にどのような制度を設けるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられている。そして、社会権の保障がもともと実質的平等の実現を志向するものであり、そこに立法府の広い裁量を認めざるを得ない以上は、憲法一四条一項の平等原則の適用に際しても立法府の裁量を尊重すべきである。

そこで、施行令一条の二が父から認知された婚姻外の児童を保護対象として児童扶養手当を支給する旨規定していないことが憲法一四条一項に違反するかどうかを判断するについては、右のような規定を設けなかったことが著しく合理性を欠き明らかに裁量権の逸脱・濫用と見ざるを得ないものであるかどうか、その結果として何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いをするものであるかどうかという観点から判断されなければならない。

(二) 法は、四条一項一号ないし四号に限定した場合により、児童の父の状態に着目して基本的な保護範囲を画しているところ、右各号における「父」には、婚姻外の児童の父を含まないから、法は、婚姻外の児童を保護対象者とするかどうかは政令制定者の裁量にゆだねていると解される(法が婚姻外の児童を保護対象者とすることを当然の前提としていないことは、法四条一項五号が「その他父と生計を同じくしていない児童で政令で定めるもの」などの規定をしていないことからもうかがうことができる。)。そして、法四条一項一号ないし四号は、児童の「生活環境の悪化」を児童扶養手当の支給の重要な指標としているが、婚姻外の児童は、当然に「生活環境の悪化」があるということも、同項一号ないし四号に準ずる状態にあるともいえない。したがって、婚姻外の児童を一律に保護の対象外とすることも裁量の範囲内ということもできるところ、父の生死が明らかでない場合(四号)に準じて支給対象とするものの、四号の場合には父の生存が明らかになったときには保護対象とされないこと、法律上婚姻している父母が別居するなどのために児童が父と生計を同じくしない場合は児童扶養手当の支給要件に含まれないこと等との均衡などを考慮して、婚姻外の児童につき認知の有無という客観的指標によって保護対象者とするかどうかを画することも合理的であって、裁量権の範囲内である。

(三) 児童扶養手当は、児童を監護する母等に対して支払われるものであるから、婚姻外の児童と婚姻により懐胎した児童を比較して、本件処分が憲法一四条一項に違反するかどうかを論ずることは、受給資格者(被控訴人)の権利義務と直接関係のない事情をもって本件処分の違法をいうものであって失当である。

二  被控訴人の主張

1  施行令一条の二第三号は、「〈1〉母が婚姻によらないで懐胎した児童について支給する。 〈2〉前項の規定にかかわらず児童が父から認知された場合には支給しない。」という規定と同内容であって、本件括弧書は、実質的には右の〈2〉項のような制限規定である。このことは、施行令制定の経過としては、衆参両院の社会労働委員会の附帯決議を受けて、まず、婚姻外の児童を支給対象とすることを決定した上で、支給制限を検討していること、法は「父と生計を同じくしない児童」「母子家庭の児童」を保護の目的としているところ、婚姻外の児童は、法が保護を予定している母子家庭の児童に該当するのに、本件括弧書はこれを制限する趣旨の規定であることから明らかである。本件括弧書を違憲無効とすることは、右制限規定の解除であるから、裁判所の権限に属する。

2(一)  施行令は、衆参両院の社会労働委員会の附帯決議を受けて制定されたものであるから、附帯決議の内容に拘束され、これと無関係に広範な裁量権があるものではない。法の趣旨、目的及び右の附帯決議に照らすと、認知された婚姻外の児童のみを児童扶養手当の支給対象から除外することは、立法(政令制定)に当たっての裁量権の範囲を逸脱する。

(二)  法四条一項一号ないし四号が「生活環境の悪化」に着目して児童扶養手当の支給要件を規定したものではないことは、児童が生まれながらにして父と生計を共にしていない場合であっても児童福祉手当が支給される場合があることからも明らかである。法は、父の実質的不在・母子家庭に着目して要件が定められているのであるから、本件括弧書には合理性がない。

(三)  本件括弧書があることにより、認知された婚姻外の児童については父母が離婚した嫡出子と異なり児童扶養手当が支給されないこと、児童扶養手当が支給されなくなることが認知を受けることの事実上の障害となり、認知請求権を害している。本件括弧書はその意味で非嫡出子全体を嫡出子と差別するものである。

なお、児童扶養手当は、児童を監護する母等に支給されるのであるが、それは、母等が児童のために児童に代わって受領するものであって、児童のためのものであるから、児童を基準として差別の合理性を検討すべきである。

第三証拠〈省略〉

第四当裁判所の判断

一1  被控訴人は、本件処分は本件括弧書を根拠規定としてされたものであると主張する。その趣旨は、本件括弧書は、法四条二項ないし四項と同様の独立の児童扶養手当支給の消極要件を定めたものであり、本件処分は、この消極要件に該当するものとして本件括弧書を根拠規定としてされたものであると理解することを前提とするものと解される。

2  児童扶養手当は、法四条一項各号のいずれかに該当する児童の母がその児童を監護するとき、又はその児童の母以外の者がその児童を養育するときに、その母又は養育者に対して支給されるものである。(法四条一項)が、その児童が同条二項各号のいずれかに該当するときは、その児童には支給されず(同条二項)、また、母又は養育者が同条三項各号のいずれかに該当するときには、その母又は養育者には支給がされず(同条三項)、法九条ないし一一条に規定する事由に該当する事由があるときには、児童扶養手当の全部又は一部の支給が停止されるものとされている。

このような法の規定を見ると、法四条一項は、児童扶養手当の支給の積極要件を定め、同条二項及び三項が、その消極要件を定め、法九条ないし一一条が支給制限事由を規定したものであること、法四条一項各号は、児童扶養手当支給の積極要件の一つである支給対象となる児童を定めたものであることは明らかである。そして、施行令一条の二は、法四条一項五号の委任を受けて制定されたものであるから、同条各号も、それぞれが児童扶養手当の支給対象となる児童を定めたものということができる。そうすると、施行令一条の二第三号も、本件括弧書を含め全体として同条の他の号と同様に、児童扶養手当の支給対象となる児童を定めた規定であって、それ自体の中に、児童扶養手当の支給対象となる児童を規定するほか、消極要件までも規定しているものと解することはできない。

この点、被控訴人は、施行令一条の二第三号は、「〈1〉母が婚姻によらないで懐胎した児童について支給する。〈2〉前項の規定にかかわらず、当該児童が父から認知された場合には、支給しない。」という規定と同一であり、本件括弧書は右規定の〈2〉項に当たり、消極要件を規定したものである旨主張し、たしかに、本件括弧書があることによって、児童扶養手当が支給されるかどうかという結論においては、被控訴人の主張のような規定がある場合と同一の結果となる。しかし、前述のとおり、施行令一条の二は、児童扶養手当支給の積極要件中の支給対象児童を規定した四条一項五号の委任を受けたものであるから、法四条一項一号ないし四号に準ずる支給対象児童を規定したものであって、消極要件を規定することは、委任の範囲を超えると解されることからも、被控訴人主張のように解することはできない。

3  以上に述べたとおり、施行令一条の二第三号は、本文と括弧書という二つの規定ではなく、一体として母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないものを児童扶養手当の支給対象とすることを定めた規定である。

したがって、本件括弧書が独立した児童扶養手当支給の消極要件を規定したものであること、本件処分は、本件児童が本件括弧書の規定する扶養手当受給の消極要件に該当するに至ったことを理由としてされたものであることを前提とする被控訴人の主張は、その前提を欠くこととなり、その主張は、ひっきょう、婚姻によらないで懐胎した児童であって父に認知されたものを児童扶養手当の支給対象とする規定をおかないという立法ないし政令制定の不作為を違法とするものに帰する。

しかし、施行令一条の二第三号のうち本件括弧書のみを取り出して、それを無効とし、本件括弧書の無効を理由として本件処分を取り消すことは、一体として母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されていないものを児童扶養手当の支給対象とすることを定めた施行令一条の二第三号の規定の趣旨に反し、法四条一項各号(施行令一条の二各号を含む。)が児童扶養手当の支給対象として規定してない母が婚姻によらないで懐胎した児童であって父から認知されたものについても児童扶養手当の支給対象に含める法律又は政令が存在するものとし、そのような法律又は政令を適用して本件処分を取り消すことと同一の結果となり、立法府又は政令制定者の権限を侵すこととなるから許されない。

4  以上要するに、本件処分は、本件児童が、法四条一項各号に規定する支給対象児童のいずれにも該当しなくなったためにされたものというべきところ、本件児童が認知されたことにより施行令一条の二第三号に規定する児童に該当しなくなったことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨によると、法四条一項各号が規定するその他の支給対象児童のいずれにも当たらないことが認められるから、本件処分は適法である。

二  のみならず、本件括弧書(婚姻によらないで懐胎した児童で父に認知されたものを支給対象としないこと)は、次の1ないし4で説示するとおり、憲法一四条一項等に違反するものではないと解され、被控訴人ないし本件児童につき本件括弧書に規定する事由が生じたこと(本件児童が施行令一条の二第三号に規定する児童に該当しなくなったこと)は当事者に争いがないから、その点からも本件処分は適法である。

1  児童扶養手当は、憲法二五条の規定の趣旨を実現する目的をもって設定された社会保障上の制度であるが、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量にゆだねられており(最高裁昭和五一年(行ツ)第三〇号同五七年七月七日大法廷判決・民集三六巻七号一二三五頁参照)、どのような児童を児童扶養手当の支給対象とするかは、立法府の裁量の範囲に属する事柄と見るべきである。もっとも、憲法一四条一項は合理的理由のない差別を禁止しているから、憲法二五条の規定の要請にこたえて制定された法令において、支給要件等について何らかの区別が設けられている場合に、それが何らの合理的理由のない不当な差別的取扱いであるなど立法府の合理的な裁量判断の限界を超えていると認められるときには、憲法一四条一項違反の問題が生ずるというべきである。

したがって、本件括弧書が、憲法一四条一項に違反するかどうかは、父に認知された婚姻によらないで懐胎した児童を児童扶養手当の支給対象としないことにつき何ら合理的理由がないなど、立法府にゆだねられた合理的な裁量判断の限界を超えるかどうかという観点から判断されるべきである。

2  法は、「父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給することにより、児童の福祉の増進を図ることを目的」としているのであるが(法一条)、すべての父と生計を同じくしていない児童を児童扶養手当の支給対象とするという政策を採用せず、法四条一項各号に該当する児童のみを支給対象としていることは、法一条、四条一項の文理上明らかである(なお、前述の衆議院及び参議院の社会労働委員会の各附帯決議は、右委員会の希望を表明したものにすぎず、何ら法的な効力を有するものでないことは、附帯決議の性質上明らかである。)。そして、同項五号は、政令で指定する児童につき、同項一号ないし四号に規定する児童に準ずる児童とするほか特段の制限を付していないから、同項一号ないし四号に規定する児童に準ずる児童の中から児童扶養手当の支給対象となる児童の類型を指定することを政令制定者の裁量にゆだねているというべきである。

ところで、法四条一項自体が具体的に規定している児童扶養手当の支給対象である児童((1)父母が婚姻を解消した児童(同項一号)、(2)父が死亡した児童(同項二号)、(3)父が政令で定める程度の障害の状態にある児童(同項三号)、(4)父の生死が明らかでない児童(同項四号))は、〈1〉父が存在するがその父に児童を扶養することを期待することが困難な類型のうちの一定のもの((1)、(3))と、〈2〉父が存在しないために父による扶養を受けることができない類型の児童のうちの一定のもの((2)、(4)。なお、父が存在するか不明な場合である場合も、児童の扶養という点からは、存在しないのと同視し得る。)について、児童扶養手当の支給対象としたものであることをうかがうことができる。

そして、同項五号の委任に基づき制定された施行令一条の二は、(5)父が引続き一年以上遺棄している児童(同条一号)、(6)父が法令により引き続き一年以上拘禁されている児童(同条二号)、(7)母が婚姻によらないで懐胎した児童(父が認知された児童を除く。)(同条三号)及び(8)前号に該当するかどうか明らかでない児童(同条四号)を児童扶養手当の支給対象とすることを規定しているが、これらも、〈1〉父が存在するがその父に児童を扶養することを期待することが困難な類型の児童((5)、(6))及び〈2〉父が存在しないために父による扶養を受けることができない類型の児童((7)、(8))として、支給対象とされたものと解することができる(すなわち、施行令一条の二第三号の規定する児童は、父が存在しないために父が児童を扶養することができない場合である法四条一項二号又は四号に準ずるものとして規定されたものと解することができる。)。

父が不存在の児童については、父の不存在それ自体から「当該児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与する」ために児童扶養手当を支給する必要性が類型的に肯定される場合であるから、〈2〉を指標として、児童扶養手当の支給対象となる児童の範囲を画することは、それなりに合理的なものである。そうすると、その反面として、父の不存在という指標に該当する事実がなくなった場合(すなわち父が存在するに至った場合)には、他の支給対象児童となる事実がある場合は別として、類型的に児童扶養手当必要性がなくなったものとすることも、それなりに合理的なものということができ、立法者の裁量の範囲内に属するものと解される。そして、本件括弧書は、帰するところ父の不存在という指標に該当する事実を規定したものであるところ、右のとおり、そのような指標によって児童扶養手当の支給対象を画することが不合理といえないから、本件括弧書を設けたこと(婚姻によらないで懐胎した児童で父に認知されたものを支給対象としないこと)は、立法府(ないしは政令制定者)の裁量の範囲内に属すると解され、憲法一四条一項に違反するものとはいえない。

3  本件括弧書が存する結果、母が婚姻によらないで懐胎した児童について児童扶養手当が支給されていた場合に、当該児童が父から認知されたときは、当該児童は児童扶養手当の支給対象とならなくなり、右父が当該児童に対する扶養義務を尽くすと否とにかかわらず、当該児童を監護している母又は養育者は児童手当の受給権を喪失することになる。しかし、同様の結果は、父の不存在を指標としたと解される前記(2)及び(4)の場合にも生ずるものである。すなわち、父が死亡したため、又は父の生死が不明であるとして児童扶養手当が支給されていた場合に、当該児童が養子縁組をしたとき又は父の生存が確認されたときも、その養父ないし生存が確認された父が、当該児童に対する扶養義務を尽くすかどうかにかかわらず、法四条一項二号又は四号の支給対象児童でなくなったことを理由に児童扶養手当の受給権が消滅すると解されるのである。この結果は、当該児童について父の不存在という支給対象児童である要件が欠けたためであって、母が婚姻によらないで懐胎した児童であることにより当該児童、ひいては当該児童を監護する母又は養育者を差別するものではない。

4  また、前記説示に照らすと、条約違反の主張も失当であり、また、本件括弧書を設けたこと(施行令一条の二第三号婚姻によらないで懐胎した児童で父に認知されたものを支給対象としないこと)は、法の委任の範囲内であることも明らかである。

第五結論

よって、本件処分の取消しを求める被控訴人の請求は、理由がないのでこれを棄却すべきであるから、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 山中紀行 武田多喜子 水上敏)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告が、原告に対し、平成五年一〇月二七日付けでした児童扶養手当受給資格喪失処分を取り消す。

二 訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が、婚姻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。以下、右のような事情を「事実婚」という)によらないで児童(以下、右の児童を「婚姻外の児童」という)を懐胎、出産し、その児童を監護し、被告から児童扶養手当の支給を受けていたところ、被告が、右児童の父が右児童を認知したことを理由として児童扶養手当受給資格喪失処分(以下「本件処分」という)をしたため、原告が被告に対し、婚姻外の児童が父から認知されたときは児童扶養手当を支給しないと規定している児童扶養手当法(以下「法」という)施行令(以下「施行令」という)一条の二第三号末尾の括弧書(以下「本件括弧書」という)は、法の下の平等を定めた憲法一四条に反し、無効であるなどと主張して、右規定に基づく本件処分の取消しを求めた事案である。

【児童扶養手当法(昭和三六年法律第二三八号)】

一条(目的)

この法律は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的とする。

二条(児童扶養手当の趣旨)

1 児童扶養手当は、児童の心身の健やかな成長に寄与することを趣旨として支給されるものであって、その支給を受けた者は、これをその趣旨に従って用いなければならない。

2 児童扶養手当の支給は、婚姻関係を解消した父等が児童に対して履行すべき扶養義務の程度又は内容を変更するものではない。(昭和六〇年法律第四八号により追加)

三条(用語の定義)

この法律において「児童」とは、一八歳未満の者又は二〇歳未満の者で政令で定める程度の障害の状態にある者をいい(一項)、「婚姻」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含み、「配偶者」には、婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含み、「父」には、母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含むものとする(三項)。

四条(支給要件)

都道府県知事は、〈1〉父母が婚姻を解消した児童(一項一号)、〈2〉父が死亡した児童(一項二号)、〈3〉父が政令で定める程度の障害の状態にある児童(一項三号)、〈4〉父の生死が明らかでない児童(一項四号)、〈5〉その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの(一項五号)のいずれかに該当する児童の母ないしその養育者がその児童を監護するときは、その母等に対し、児童扶養手当を支給する(一項)。右の規定にかかわらず、父と生計を同じくしているとき(二項六号)、母の配偶者に養育されているとき(二項七号)等に該当するときは、児童扶養手当を支給しない(二項)。

施行令一条の二(法四条一項五号の政令で定める児童)

一号 父(母が児童を懐胎した当時婚姻の届出をしていないが、その母と事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含む。以下次号において同じ。)が引き続き一年以上遺棄している児童

二号 父が法令により引き続き一年以上拘禁されている児童

三号 母が婚姻(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある場合を含む。)によらないで懐胎した児童(父から認知された児童を除く。)

四号 前号に該当するかどうかが明らかでない児童

なお、法制定当時、衆参両議院社会労働委員会は、政府は、本制度の実施にあたっては、その原因のいかんを問わず、父と生計を同じくしていないすべての児童を対象として、児童扶養手当を支給するよう措置すべきことを附帯決議している(甲一一、二八)。

【本件処分の経緯等】(この事実は当事者間に争いがない。)

一 原告は、婚姻(事実婚を含む)によらないで原田裕二(以下「本件児童」という)を懐胎し、平成二年一一月一六日に出産し、現在、本件児童を監護している。本件児童は、平成五年五月一二日、その父である開本邦夫により認知された。

二 原告は、平成三年一月一八日、奈良県桜井市長に対し、本件児童を対象児童として児童扶養手当認定請求書を提出し、被告から受給資格が認定され、児童扶養手当認定通知書の交付を受け、同年二月分から児童扶養手当が支給されていたところ、被告は、原告に対し、平成五年一〇月二七日付けで、本件児童が認知をされたため本件括弧書により平成五年五月一二日に児童扶養手当の受給資格が消滅したとして、児童扶養手当資格喪失通知書を交付した。原告は、本件処分を不服として同年一一月八日、被告に対し、異議申立てをしたが、被告は、平成六年一月五日付けで右申立てを棄却する決定をした。

【争点】

本件の争点は、主として本件括弧書が、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反するか否かの点である。

≪原告の主張≫

一 憲法一四条違反

1 父母が法律婚を解消した児童との不平等

父母が法律婚を解消した児童につき父に扶養義務(民法八七七条一項)があることは、父に認知(同法七七九条)され遡及的に父子関係が生じた(同法七八四条)児童の場合と同じである。しかるに、父母が法律婚を解消した児童の監護者に児童扶養手当が支給される(法四条一項一号)のに対し、認知された事実婚外の非嫡出子の監護者に児童扶養手当が支給されないのは、法の下の平等を定めた憲法一四条に違背するから、本件括弧書は、無効である。

婚姻外の児童は、一般的に法律婚を解消した家庭の児童に比して劣悪な生活環境の下で養育されており、父の認知があったとしても、生活環境が改善される可能性は僅かであり、認知を理由に児童扶養手当の支給を打ち切るのは不合理である。もっとも、父が認知後一年以上遺棄していれば児童扶養手当が支給されることになる(施行令一条の二第一号)が、これは父母が法律婚を解消した児童に比較して明らかに不合理な差別である。

2 認知された事実婚(内縁)の児童との不平等

母が児童を懐胎した当時事実婚(内縁)関係にあった児童については、父母が事実婚関係を解消した後に児童が認知された場合でも、当該児童の監護者に対して児童扶養手当が支給されるのに、認知された婚姻外の児童には児童扶養手当を支給しないのは明らかに不合理な差別であり、憲法一四条に違背する。

二 条約違反

本件規定括弧書は、「世界人権宣言」二五条二項、「子供の権利宣言」一条、「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(昭和五四年条約第七号、いわゆるB規約)二四条一項(児童の権利の平等)、「児童の権利に関する条約」(平成六年条約第二号)二条一項、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(昭和六〇年条約第七号)一六条一項d号に違反する。

三 児童扶養手当法違反

法は前記のとおり児童扶養手当の支給要件(四条一項一号ないし四号)を、〈1〉父母が婚姻を解消した児童、〈2〉父が死亡した児童、〈3〉父が政令で定める程度の障害の状態にある児童、〈4〉父の生死が明らかでない児童とし、そして同条五号でその他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるものと規定して、政令に右〈1〉ないし〈4〉以外の支給要件を委任しているが、法一条の目的と衆参両議院社会労働委員会の附帯決議に照らせば、婚姻外の児童が認知されたとしても父と生計を同じくするわけではなく、父母が婚姻を解消した場合と何ら異なるところはないから、認知されたことをもって支給要件を欠くとする本件括弧書は明らかに法の委任する範囲を逸脱するものである。

≪被告の主張≫

一 憲法一四条違反について

以下の理由により、本件括弧書は合理性を有し、憲法一四条に違背しない。

1 婚姻外の児童については、認知以前のその扶養状況は母によるもののみであるが、父が認知すると、児童を扶養する義務を負う者が新たに登場するという児童にとってより好ましい事情が発生する。

2 父母が離婚した場合も、婚姻外の児童を父が認知した場合も、父が児童に対して扶養義務を負うことには何ら差異はないが、児童の福祉を図るという立法趣旨の下に、ある児童は、父母が離婚した結果、生活環境の変化を受ける状況を想定し、また、ある児童は、もともといわゆる母子家庭であったのが、新たに父が現れて扶養するものが増えたという状況を想定し、その間の状況が異なることに着目して、父の認知という観点からではなく児童の観点から、児童扶養手当の支給対象に関し差異を設けることには、合理性がある。

3 父の認知に伴い受給資格を喪失するとしているのは、父が認知により児童を扶養するとの意思表示を行ったものと解し、民法上の扶養義務の履行を見守るべきであるという観点からである。認知により扶養義務を負う父が登場するという児童にとって好ましい状況が発生し、婚姻外の児童に父ができたのであるから、第一義的には、その父が扶養義務を果たし、それによって児童が養育されることが、その児童の福祉にとっても好ましいことと考えられる。このような場合に児童福祉手当の支給を継続するとすれば、逆に、認知した父の扶養責任の放棄につながりかねない。

認知を受けて一旦受給資格を喪失したとしても、父が子を一年以上遺棄している場合には、法施行令一条の二第一号により再び児童扶養手当が支給される。この規定の存在からも、婚姻外の児童が認知を受けたか否かという一応の基準を示しつつ、「父が扶養をしているか否か」というその実態にも着目して、婚姻外の児童の児童扶養手当の支給が考慮されているのである。

児童扶養手当は全額公費で賄われているのであるから、右に述べたように、第一義的には新たに父として認知した者に児童の扶養義務を果たさせて、これを見守り、仮にこれが果たされず、遺棄の状態になった場合には、改めて手当の支給を再考することが、社会的にも合意の得られる範囲である。

4 施行令一条の二第三号は、いわゆる「行きずり」による懐胎によって出生した児童のように血縁上の父が不明な場合を想定したもので、法四条一項四号の「父の生死が明らかでない児童」に準じる場合として類型化されたものであり、父母が婚姻を解消した場合の児童の境遇と婚姻外の児童との境遇とは相当異なるものである。そして、父の生死が明らかとなり、事実上、児童に対する扶養の可能性が生じた段階で支給対象から除外されることとの均衡上、婚姻外の児童も父から認知されることにより父からの養育の可能性が生じることにより、支給対象から除外されることとしたものである。なお、血縁上の父が判明している場合には「事実上婚姻関係と同様の事情にある場合」として扱われることが予測できる。

5 事実婚の解消の場合は、同居あるいは定期的な訪問、仕送り等父に一定の責任のある状態が従前存在していたことが前提となるから、この意味で認知の有無にかかわらず、離婚した家庭と同様の状況にある。これに対し、婚姻外(未婚)の母については、こうした責任のある者の存在が分からない状態であって、母は自らの選択によって児童の養育を引き受けることとしたのであって、事実婚状態を解消した母子家庭との間に一定の差異があることは明らかである。

6 以上のとおり、本件括弧書は、父に認知された婚姻外の児童と父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した児童との間の生活状況の違いに着目して設けられたもので、父に認知された婚姻外の児童と父母が婚姻を解消した児童とを不当に差別するものではなく、相当の合理性がある。

二 条約違反について

原告の主張を争う。

三 児童扶養手当法違反について

原告の主張を争う。

第三争点に対する判断

当裁判所は、以下の理由により、本件括弧書は、法の下の平等を定めた憲法一四条に反し、無効であると考えるものである。

一 憲法一四条一項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において差別されない。」と規定している。これは、合理的な理由なくして差別されないことが、個人の尊厳に立脚する民主的社会の不可欠の要件であるとの考慮によるものと考えられ、法の下の平等は、憲法の最も重要な基本原理の一つということができる。

前掲のとおり、法一条は、「この法律は、父と生計を同じくしていない児童が育成される家庭の生活の安定と自立の促進に寄与するため、当該児童について児童扶養手当を支給し、もって児童の福祉の増進を図ることを目的とする。」と定めているところ、当事者間に争いがない本件処分の経緯等に照らせば、本件児童は、婚姻外の児童であったため、血縁上の父により認知された結果、本件括弧書により、その児童扶養手当の支給が打ち切られたものであって、法四条一項一号の規定により、婚姻(事実婚を含む)を解消した母に監護されるときの児童が児童扶養手当の支給を受けるのに比して差異があることは明らかである。

そして、母が本件児童を懐胎した当時、血縁上の父と母とが法律上の婚姻をしていたかどうかや事実婚の関係にあったかどうかは、本件児童において自ら選択することが不可能であり、その出生により決定される事柄であるから、前記の差異は、本件児童の立場から見れば、その社会的な地位又は身分により経済的関係において差別的な取扱を受けたことになる。

もっとも、児童扶養手当は、憲法二五条の規定の趣旨を実現する目的をもって設定された社会保障法上の制度であり(最高裁判所昭和五七年七月七日大法廷判決民集七巻一二三五号九七六頁参照)、憲法二五条の規定の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講ずるかの選択決定は、立法府の広い裁量に委ねられているから、手当の支給対象者の決定も広い裁量に委ねられており、法の委任により手当の支給対象者を政令により定める際にも、その委任の範囲内で広範な裁量が認められ、一定の差異が生じたとしても憲法一四条違反の問題は起こらない筈であるとの見解も考えられないではない。しかし、法が前記の目的のもとに、その支給要件を法四条一項のとおりに定め、同項五号において「その他前各号に準ずる状態にある児童で政令で定めるもの」とした上、法施行令一条の二でその支給要件を定めた以上、その支給要件が何ら合理的理由がない不当な差別的取扱をするような内容であるときは、当該支給要件を定めた施行令は、裁量の範囲を逸脱したもので、憲法一四条の定める法の下の平等に直ちに違反するというべきである。

すなわち、一旦、法の委任の下に、政令で法四条一項一号ないし四号に準ずる状態にある児童に該当する要件を定立した以上は、その定立にあたり裁量の余地があるとしても、これが何ら合理的理由なくして不当な差別的取扱をするような内容であってはならないことは当然であり、これをその裁量の範囲内とする余地はない。そして、このような差別的取扱を受けた者は、これが違憲・無効であることを主張して、その救済を求めることができると解するのが相当である。

二 そこで、以下、前記の差別的な取扱が合理的な理由に基づくものか否かを検討する。

1 扶養義務(民法八七七条)と児童扶養手当について

民法によれば、父が非嫡出子を認知(民法七七九条)した場合には出生に遡って親子関係が生じ(同法七八四条)、父は児童に対して扶養義務(同法八七七条)を負うことになる。しかし、児童扶養手当法によれば、児童扶養手当は、〈1〉児童の父母が法律婚を解消した場合、〈2〉児童が認知された後、父母が事実婚を解消した場合、〈3〉父母が事実婚を解消した後、児童が認知された場合のいずれの場合にも、父は扶養義務を負うにもかかわらず、これが支給されることになっている。これに対し、〈1〉児童の父母が事実婚関係にあるが、父からの認知がない場合は、民法上扶養義務を負う父は存在しないことになるが、児童扶養手当は支給されず、また、〈2〉児童が母の配偶者に養育されている場合は、当該配偶者には児童に対して扶養義務はないが、児童扶養手当は支給されない(法四条二項七号)。これらの点に加え、前記の法一条の目的や法二条二項が「児童扶養手当の支給は、婚姻関係を解消した父等が児童に対して履行すべき扶養義務の程度又は内容を変更するものではない。」と定めていることなどを考慮すると、法は、父親不在の家庭の経済状態という事実に着目して、児童扶養手当の支給要件を設けているものであって、その支給と扶養義務を有する父が存在するか否かということとの間に必ずしも関連性を持たせていないというべきである。

したがって、児童に扶養義務者たる父が現れたからといって児童扶養手当の支給を打ち切ることは法の趣旨にも反し、この点は、婚姻外の児童と婚姻(事実婚を含む)を解消した母に監護される児童との取扱を異にする合理的な理由とはなり得ない。

2 被告は、法は、父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した場合に児童が生活環境の変化を受けることを想定し、これを緩和するという考えにたって児童扶養手当を支給するのに対し(甲四〇、四二)、父が認知した場合には児童を扶養する義務を負う者が新たに登場するという児童にとってより好ましい事情が発生することを考えて児童扶養手当の支給を打ち切るのであるから、本件括弧書は合理性を有すると主張する。

なるほど、法が、児童の生活環境の悪化を捉えて、これを支給要件としたと見ることができれば、認知されたことは児童にとって好ましい事情が発生したということができよう。しかし、法一条の目的や、法四条一項一号ないし五号の支給要件を見れば、例えば同項三号は、当初から父が障害の状態にある場合も考えられるから、法は、児童の生活環境の悪化のみを捉えてその支給要件としているものではないことが明らかである。また、この点で認知されたことを児童にとってより好ましい事情として見るのは、要するに、婚姻外の児童のうち、認知された児童と認知されていない児童とを比較することに帰するところ、既に述べたとおり、本件においては、認知された婚姻外の児童と婚姻(事実婚を含む)を解消した母に監護されるときの児童とを比較して、その間の差別が合理的であるか否か検討しているのであるから、右の「事情の好転」を直ちに本件差別の合理性の根拠とすることはできない。

右の「事情の好転」が本件差別の合理性の根拠となるとすれば、それは、婚姻外の児童が認知された結果、婚姻(事実婚を含む)を解消した母によって監護される児童よりも、社会的、経済的に見てより良好な状態になることが必要と考えられるけれども、一般的にいって、婚姻外の児童が認知されたからといって、婚姻(事実婚を含む)を解消した母に監護される児童に比較して、社会的、経済的に恵まれた生活環境で養育されるとは考えることができず、そのような事実関係を認めるべき資料もない。婚姻外の児童が認知されたということは、右児童と父との間に法律上の親子関係が生じる結果、扶養義務を負う父が存在するとの点で父母が法律婚を解消した児童と同じ状態になるにすぎないし、事実婚を解消した父がその解消の前後を問わず児童を認知した場合とも同様な状態ということができる。したがって、被告の右主張は採用できない。

3 被告は、婚姻外の児童に父が現れたのであるから、児童の福祉の観点及び児童扶養手当が全額公費で賄われていることからして、第一義的には、その父に扶養義務を果たさせるべきであり、仮に、このような場合、児童扶養手当を支給すると、逆に、認知している児童を扶養しようとする父の扶養責任の放棄につながりかねないと危惧されることを差別の理由として主張する。

しかし、右の理由からすると、父母が法律婚を解消した児童の場合や事実婚を解消した父がその解消の前後を問わず児童を認知していた場合も、その父に扶養義務を果たさせるべきであり、婚姻(事実婚を含む)の解消を支給要件の一つとすることには問題があるということになるから、右の主張は当を得ない。

なお、父母が婚姻の届出をしている場合、離婚の届出はないが事実上離婚状態にある母に監護される児童は、父が一年以上遺棄しないと児童扶養手当の支給を受けられない取扱がされていると認められる(甲一三の4)ところ、右の児童に比して、婚姻外の児童が認知されたときにも児童扶養手当を支給することは、婚姻外の児童をかえって厚く保護することにならないかとの疑問につき検討を加える。しかし、この点は、事実婚を解消した母に監護される児童と婚姻外の児童との差別に影響を及ぼすものではない上、法一条、三条三項、四条一項一号に照らせば、法律婚の父母が事実上離婚状態にあるとき、母に監護される児童に児童扶養手当が支給されると解することは十分に可能であり、前記の取扱は、行政能率等の観点から、支給要件の認定を容易かつ明確にしようとの要請によるものと考えられるので、前記の疑問は当裁判所の判断を左右するものではない。

4 被告は、認知されてから父が引き続き一年以上遺棄している場合(法施行令一条の二第一号)には児童扶養手当が支給されることとなるから、たとえ認知された時点で扶養手当の支給を受けることができなくなっても合理的であると主張する。しかし、父母が法律婚を解消した児童の場合や事実婚を解消した父がその解消の前後を問わず児童を認知していた場合には、そのような事実を問われることなく直ちに児童扶養手当が支給されるのに対し、認知された婚姻外の児童は少なくとも一年間その支給を受けることができず、さらに、遺棄という事態までにならないと児童扶養手当の支給を受けられないのであるから、当該差別を合理的なものということはできない。

5 被告は、父の認知に伴い受給資格を喪失するとしたのは、認知により父が児童を扶養する旨の意思表示を行ったことになるから、こうした民法上の扶養義務の履行を見守るという観点からであると主張する。しかし、認知は、父が当該児童を自己の子と認める制度であり、これに伴い父に扶養義務が生ずることにはなるが、認知したことが直ちに父による児童の現実の扶養に結びつくとは限らず、特に強制認知(民法七八七条)の場合には右のような意思表示があったといえないことが明らかである。しかも、婚姻を解消した父が、扶養義務を果たし、扶養料を支払っていても児童扶養手当の支給が打ち切られることはないのであるから、婚姻外の児童を認知した父がその扶養義務を果たし、扶養料を支払ったからといって児童扶養手当の支給を打ち切るのは合理的とはいえない。

ところで、法四条四項は父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した児童につき、その解消した日の属する年の前年における父の所得が政令で定める額以上であるときは、児童扶養手当を支給しないと定めている。この規定から見ると、児童扶養手当を支給するか否かは、父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した児童については父の収入を、婚姻外の児童については認知を、各基準としているもので、これは、後者の場合には、前者の場合以上に父の生活状況の把握が困難であることなどのため、父の経済的援助の意思を推測させる認知を基準としたものであるとも一応考えられないことはない。しかし、法四条四項は現在施行されておらず、現段階で右立法があることを前提として判断すべきかには問題がある上、前記のとおり、認知をもって父の経済的援助の意思を推測できるとすることはできず、同項がそのただし書きにおいて「父が日本国内に住所を有しないこと、父の所在が長期間明らかでないことその他の特別の事情により母又は養育者が父に当該児童についての扶養義務の履行を求めることが困難であると認められるときは、この限りでない。」と定めていることに照らせば、婚姻外の児童につき、その父の収入や扶養義務の履行可能性を全く問うことなく、認知されたことのみで児童扶養手当の支給をしないと定めることは不合理というほかはない。

6 被告は、施行令一条の二第三号は、いわゆる「行きずり」による懐胎によって出生した児童のように血縁上の父が不明な場合を想定し、法四条一項四号の「父の生死が明らかでない児童」に準じる場合として類型化されたものであるから、父により認知がされ、父が明らかとなった場合に支給を打ち切るのは合理的であると主張する。しかし、婚姻外の児童には、〈1〉母が児童を懐胎したときに事実婚の状態とまではいえないが血縁上の父が判明している場合と〈2〉右の意味での父も不明である場合の二つの場合があると考えられる。そして、右〈2〉の場合には同号に準じるといえるが、右〈1〉の場合には、当初から血縁上の父が判明しているのであるから、父の生存が確認されたというより、法律上扶養義務を有する父が存在しないという点で、父母が事実婚を解消した認知されていない児童に類似するということができるから、右の主張は失当である。

7 結局、認知された婚姻外の児童に対する本件差別を合理的であるとする理由を見出すことはできない。

三 以上のとおり、父母が婚姻(事実婚を含む)を解消した児童につき児童扶養手当を支給するのに対して、婚姻外の児童が認知された場合には児童扶養手当を支給しないとすることにつき何ら合理的な理由を見出すことはできず、右差別は明らかに不合理なものというべきであり、本件括弧書は法の下の平等を定めた憲法一四条に違背する。

第四結論

以上の次第で、婚姻外の児童につき、児童が認知されたことにより児童扶養手当の支給対象外とする本件括弧書は、父母が婚姻を解消した児童及び事実婚を解消した後に父から認知された児童に比較して婚姻外の児童をその社会的な地位又は身分により経済的関係において明らかに差別するものであり、右差別は合理的な理由によるものとはいえないから、法の下の平等を定めた憲法一四条に違背し、無効というほかない。したがって、その余の争点につき判断するまでもなく、本件括弧書に基づく本件処分は当然に違法である。

よって、本件処分は違法であるからこれを取り消し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

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